教育勅語
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森友学園の系列の塚本幼稚園の映像が流出して、教育勅語を暗唱している園児たちの姿が人々を恐怖させましたね!そして、教育勅語の学校での使用について閣議決定される事態に!どうして教育勅語が恐いのか、どうして廃止されたのか、なぜ今になって閣議決定されるのか、わかりやすく解説いたします!

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どうして人々は塚本幼稚園の教育勅語暗唱に恐怖したの?

教育勅語は、1890年(明治23年)に発表され、国民道徳の基本と教育理念を明らかにするために発布されました。

内容は、日本の建国の神話について少しと、家族や友人を大切にしなさい、勉強して、仕事の技もちゃんと習得しなさい、人のためになるような仕事をしなさい、憲法などの法を守りなさい、ということ。
そして、国に一大事があったら、一身を捧げなさい、という内容です。

勅語とあるように明治天皇のお言葉として発表されましたが、実際は明治政府の政治家である井上毅らによって起草されました。

内容を見てみると、ほとんどが「家族と仲良くしなさい」などの道徳的な内容なのに、塚本幼稚園で園児たちが教育勅語を暗唱している映像を見た時、人々は恐怖しました。
それはまるで、北朝鮮で委員長を大声で称えている子どもたちのようでした。

「国に一大事があったら、一身を捧げなさい」という一文は、第二次世界大戦下において多くの国民を戦地に向かわせるために利用されたという歴史的事実があるため、多くの人々が「戦争」を思い起こしたためだと考えられます。

憲法改正などで、「戦争」について敏感になっていた、ということもあったでしょう。
その上、運動会の宣誓で園児たちに「9条改正よかったです」と言わせています。
ただ、教育勅語事態に「侵略戦争しろ」と書いているわけではありません。
第二次世界大戦中では、教育勅語は戦争反対を主張させにくくさせたりと戦争のために利用されましたが、実際に書いてある内容は家族を大事にしようとか、道徳的なことがほとんどです。

キリスト教でも、かつては侵略戦争のために神の名が利用されました。十字軍の遠征は、『聖地』の奪還という名目でした。
でも、今は誰もキリスト教が好戦的な宗教だなんて考えませんよね?
あ、トランプ大統領は除外して考えてくださいね。
あの方は規格外ですから!

まぁ、つまり、「それ」を解釈する、利用しようとする人次第で、第二次世界大戦の時は、物凄く悪いように利用されたため、ですね。

どうして教育勅語は廃止されたの?

第二次大戦後、日本国憲法が1947年(昭和22年)に施行された時に、教育勅語は日本国憲法に違反しているとみなされました。

また天皇の命令である勅令に代わり、日本国憲法が最高法規となったため矛盾するからという事情や、GHQが廃止をもとめたからということもあって、1948年に廃止が決議されました。

森友学園事件で、園児たちが教育勅語を暗唱しているのを見て、「なくなったはずなのになぜ?」と疑問に思ったかもしれませんが、それまで教育に関する唯一の理念とされていたのを廃止したということですね。

さて、それではなぜ憲法に違反しているのか、ということですが、まず日本が民主主義になったからですね。

教育勅語では、国民が臣下であることが前提ですから民主主義に反している可能性があります。
また、教育の唯一の根本として学校で教えていたため、思想、宗教の自由などの人権を犯す可能性があります。
養育勅語には、神道の考えもふくまれていますからね。

なぜ今、教育勅語が注目されているのか?

それでは、なぜ教育勅語が突然議論されるようになったか、というと、森友学園問題で園児たちが教育勅語を暗唱する姿がニュースとなってテレビで流れたからですね。
そして、安部総理大臣の妻の昭恵夫人が、この塚本幼稚園の園児たちを褒めていたこと、教育勅語に肯定的であったことから、野党が追求しているのです。

日本では、思想や宗教の自由が保証されていますので、教育勅語自体を否定することはできません。
ユダヤ教も、キリスト教も、イスラム教も、自らの意思で信仰するのには、まったく問題がありません。
もちろん、人に迷惑をかけたり、犯罪行為をしてはいけませんがね。

なので、教育勅語を教育の現場で使っていいのか?という質問によって、与党に揺さぶりをかけているのです。

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学校で教育勅語を教材とするかどうかは「現場で判断」!まさかの丸投げ!

さて、野党からの教育勅語を学校の教材として使用してもいいどうかという質問の答えが3月31日に閣議決定されました。

【学校で、憲法や教育基本法等に反しない形で教材として用いることまでは否定されない】ということです。

また、松野博一(まつのひろかず)文部科学相は
4月3日に歴史教科書に教育勅語が掲載されていると説明し、歴史をより深く知る(第二次世界大戦時下の教育に使われた、など)ための教材として使うなら問題はないとしました。

また菅義偉(すがよしひで)官房長官は、記者会見で道徳の授業で使われるのはどうかと記者から尋ねられ、否定はできないと答えました。
親孝行など、普遍的に『善い』ことまで否定できないということで、菅氏はまた【政府として積極的に教育現場で勅語を活用する考えはない】とも話しました。

これは、教育勅語を全面的に否定したら、親孝行のことなども書かれてあるのにと、非難される可能性があるから、また、思想や宗教の自由に抵触する可能性があるからでしょうか?
政治家が公の場で宗教に関わることを完全に否定することはなかなか難しいですからね。
また、日本の象徴としての天皇が健在で、外交などでも大きな役割を担っているため、そちらにたいする配慮も必要なのかもしれません。

松野氏も会見で【道徳を教えるために『教育勅語のこの部分を使ってはいけない』と私が言うべきでもない】と発言しており、ちょっと「政治的な」答えのように聞こえますね。

野党は、「憲法や教育基本法に反しない」ということについて「どういうことか」と追求を続けました。

そして、この質問に与党は4月18日に答えたのですが、それは
「どのような使い方が憲法や教基法に反するかの判断や、不適切な使用があった場合の対応を、学校の設置者や自治体の教育委員会などに委ねる」
というもので、つまり「判断は現場に任せる」ということでした。
つまり丸投げです!

いくら否定しても肯定しても何らかの非難があることが予想されたためであっても、ちょっとひどい対応ですね。

国語や古典の授業で、すでに古事記やら日本書紀など習ったりするのだから、宗教的な強制性は低いと主張もできたでしょうに…

ただすでに、キリスト教系の学校では、聖書について学んだり、仏教系の学校では座禅を組んだり、なんてことがあります。

与党が出した答えはただの「逃げ」にしか見えませんが、結局はそれが一番いいのかもしれませんね。