一つの中国
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一つの中国って、聞いたことはあるけど、いったい、何のことなのか、何が問題なのか、知っていますか?もともとは台湾独立対策じゃなかった?実は日本にも関係がある?台湾の歴史を振り返りながら、やさしく解説いたします!

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「一つの中国」という主張の意味とは?

「一つの中国」とは、香港、台湾、マカオなどは全て中国の一部であり、それらを統治するのは中国共産党のみである、という中国の政治的主張です。

これって、ただの領土問題だと思っていませんか?でも、実際はちょっと違うのです。

最初の問題は台湾でした。
台湾は国家として認められたがっていますが、これは第二次世界大戦の日本の敗戦から中国の領土となった台湾が、ただ独立したがっているわけではないんです。

台湾にいるもともと中国人の国民党の人々は、国民党こそが中国全土の正当な政権だと主張していました。もちろん、中国大陸にある中華人民共和国も、自分達が正当な支配者だと主張しています。そのために、二つの中国についても議論されたことがあります。

「二つの中国」とは、例えば朝鮮が現在、北朝鮮と韓国に分かれていて、対立してはいるけど休戦状態を維持しつつ国際社会にそれぞれ認知されている状態に似ていました。実現はしませんでしたがね。

つまり、「一つの中国」は、独立問題ではなく、始まりは政権争いとして発生したのです。自分(中国共産党)こそが、「中国」の正当な支配者だ、ということですね。

中華民国の亡命政権である台湾!

では、なぜ台湾にもう一つの中国ができたのでしょう。
第二次世界大戦後、日本が領有権を放棄したため、台湾は中国の支配下におかれました。この時、中国は「中華民国」でした。

もともと中国には「清」が滅亡した後、中国共産党と、中国国民党があったのですが、その二つの政党が協力、妥協する形で中華民国を成立させていました。しかし、第二次世界大戦後、中国共産党と中国国民党は内戦状態に突入!

1949年に国民党の蒋介石が敗北し、兵隊と南京国民政府の人員を連れて台湾に移住してきたため、台湾は亡命政権的に中華民国を名乗ることになりました。そして同じ年に、毛沢東率いる中国共産党は中華人民共和国の成立を宣言しました。

中国共産党は、いわば亡命政権である中華民国を認めず、台湾地域も中国共産党の支配領域である、との意味をこめて一つの中国を宣言しているのです。そして、軍事的な行動も起こそうとしました。

ただ、中華民国は国連の常任理事国であったり、第二次世界大戦で功績があったため、当初は世界の列強は中国国民党に同情的でした。冷戦時代は重要な拠点でしたしね。

二つの中国は、中国国民党のために提案されたと言っても過言ではありません。

また、朝鮮戦争が勃発するなど、さまざまな事情があり、中国国民党は生き残ることができ、問題は今でも続いている、というわけなんです。

4つの中国と日本
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台湾「自身」は独立できないの?

台湾には、とても複雑な歴史があります。
大昔は中国大陸と陸続きだった台湾は、DNA的にも中国人に近いのですが、もちろん原住民と呼ばれる人たちがいます。けれど、そこには確固たる政権が存在しませんでした。

人々は小さな村や集落のなかで生活していました。
中国からも日本からも近かったため、船が寄港したり、人が移住したりすることはありましたが、どこかの国が領有したり、台湾から政権が生まれることはありませんでした。

けれど、とうとう台湾を領有する国が登場します。それは、中国でも日本でもなく、オランダでした。台湾はアジアの国なのに、最初に統治したのはヨーロッパの国だったのです。

この時、中国は「明」から「清」へと国が変わろうとしている時期でした。

そんななか、オランダは大航海時代、アジアの貿易拠点とするために統治を開始しました。この時、オランダは多くの中国人(漢民族)を労働者として台湾に移住させ、台湾の開拓を進めようとしました。

けれど、「清」との戦いに破れた「明」の軍勢がオランダを追い出し、台湾を奪取しました。ここに亡命政府による台湾統治がはじまります。
なんだか、中国国民党と同じですね。

もちろん清は許さず、これを攻撃して滅亡させます。そして清の領有となりました。

そして、中国からアヘン(インドで生産され、イギリスにより清に輸出された)や伝染病が持ち込まれました。

また、もともと土壌が豊かではなく、人口が少ない島に中国人(漢民族)が大量に移住したことにより、衛生面が悪化し、食用供給が追い付かず、台湾は荒廃していきます。

その後日清戦争により台湾は日本が領有しました。
この時、日本は現在も使われている巨大なダムを建設したり、教育制度を整えたり、アヘンの撲滅に成功したり、農業で成功するなどして、台湾を豊かにすることに成功しました。

ちなみに、アヘンの撲滅は、既に常用者となってしまった者以外の使用を禁止するなどの方法でした。フィリピンのドゥテルテ大統領に教えてあげたいですね。

台湾には親日家が多いといわれていのはそこらへんに理由があると言われています。

そして第二次世界大戦後、日本は台湾の領有権を放棄します。この時、国連から委託される形で中華民国が台湾を領有することになりました。なぜこんなことになったかというと、日本は領有権を放棄しましたが、どこに譲る、などということは宣言しなかったからです。

日本が領有権を奪った清はすでに滅亡していましたし、日本が認めた台湾の自治政権は発足したばかりだった、などの事情もあったのかもしれません。当然中華民国は台湾の自治政権をみとめず、中華民国の支配下に置いたのです。

しかし、当時腐敗していた国民党の支配者たちは台湾の人々(原住民だけでなく、漢民族、日系人を含む)から搾取し、暴力をふるいました。そして、台湾の人々が反発しはじめると弾圧を行いました。

この時、多くの台湾人が命を落としました。
未だに資料が公開されていないため、どのくらいの人が亡くなったのかは判明していません。

その後、中国国民党が共産党に敗北して台湾に逃げ込むと、ますます台湾人への支配は苛烈になったそうです。そんな風に、台湾人を暴力的に支配してきた国民党が、中国大陸を支配する正当な中国は自分だと言って共産党と争いはじめたのです。

台湾人にとっては、中国人同士の争いであり、そのために共産党の軍隊が出動するような事態になったりと、とばっちりをうけているようなものです。

それでも、台湾人によるオリジナルの政権はなかなか誕生しませんでした。多くの台湾の教養人が、国民党に殺害されたためでもあります。

また、台湾人と呼ばれる人々は、清の時代にやってきた漢民族と台湾の原住民との間に生まれた子どもの子孫ですが、原住民も存在します。

清の時代よりも前から移住していた中国人や日本人もいますし、日本支配かの時代の日系人も存在します。「台湾」として一つにまとまるのはちょっと大変そうです。

1970年頃から民主化が進みましたが、国民党の政権は続きました。
台湾の独立を目指す民主進歩党という政党もできましたが、大陸の中国、中華人民共和国からの圧力もあり、なかなか独立するチャンスが訪れないというのが現状です。

現在も、統一中国を目指す国民党と、独立を目指す民主進歩党は政権争いをしています。

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現在の「一つの中国」政策!

現在、香港やマカオも中国に返還されました。
香港も、当初は独立が危惧されましたが、経済特区となり、今は落ち着いています。

問題は台湾だけ、ですね。
台湾も経済を見れば中華人民共和国に依存しており、中国共産党の影響を受けないわけにはいかない状態になっています。

2005年には、台湾の独立を阻むために「反分裂国家法」を作りました。また、台湾の政治家として、中華人民共和国から人を送ったりしています。対立していた国民党への影響も強めています。

もはや、中国共産党の台湾支配は避けられないのかもしれません。